焼肉

唐突に焼肉を食いにいこうと友人に誘われる。
なんでも近くの焼肉屋が半額セール中だとのこと。
金がない、あったとしてもバイクの修理費に使わなきゃならない(かもしれない)と云う事もスッカリ忘れ半額の言葉につられほいほいついていく。


年が明けてから初めて会う友人達にとりあえず遅ればせながらの挨拶をしていざ焼肉屋へ。

ジュウ!ジュウ!
……。
ジュウ!ジュウ!
……。

無言、店内に入って肉が運ばれてきてからただ只管に無言。
ただの一言も発せず、家族連れが和気藹々とすごす店内でストイックなまでに肉を凝視し続ける男達。そこには普段の気安さなど微塵もない。
既にこの場所は死地だといわんばかりに互いに互いを牽制しあう。
何せ割り勘である、ならばこそ一枚でも多くの肉を掻っ攫わなければならない。


自分が大切に育て上げた肉を奪われないか?

この男、実はレアが好きで肉を引っ繰り返そうとする振りをしながら自分の皿に持って行きやしないか?

既に炭化してしまっている肉の切れっ端を隙を見てこちらの皿に投げ込んでは来ないだろうか?


全ては真剣勝負である。まかり間違っても囮に使われている野菜を掴まされてはいけないのだ。
さあ、始めよう。禿げ鷹の群れどもですら恐れるような奪い合いを、貪りあいを!
ああ、しかしその時、何ということだろうかあまりの緊張に耐えかねたのか一人がついに口を開いてしまった。

「すいませ〜ん、石焼ビビンバひとつ」

泣かすぞこの青二才がー!!割り勘なのに割り勘なのに〜。
鋭い視線がその一人を突き刺す。
が男はその視線を軽くいなしながらニヤリッと笑ってみせる。
こいつ計算ずくか!
そして全員のたがが外れた。我も我もと皆が好き勝手な注文をはじめだす。
これによってかつて神聖にして不可侵だったはずの決闘領域は、一気に混沌の血で血を洗う合戦上へと変貌した。

本日のお会計、お一人様4300円也。

こうして男達の夜は更けて行く。