384400㎞

 母に聞くところによると、僕は随分と危なっかしい子供だったらしい。
 自分でもおぼろげにしか憶えていないのだが、なんでも物心つく前から、いつもぼんやりと空ばかり見上げており――実の所これに関しては今でもあまり変わってはいない――ふらふらと何処かに行ってしまい迷子になる、という事がよくあったのだと言う。
 一度など少し目を離した隙にいなくなり、そのまま夜になっても帰ってこず、警察沙汰になったことまである。
 見つかったのは日付の変わった深夜1時。家から数キロ離れた、隣町にある公園のベンチに座っている所を、警邏中であったお巡りさんに保護されることになる。
 その時、お巡りさんに「こんな時間になにしてるの?」と聞かれた僕は「お月さまみてた!」と元気に答えたらしい。
 もちろんに家に帰り着いたときには、母からは大目玉をくらい、その後の人生で幾度か経験することになる往復ビンタの記念すべきその第一回目をありがたく頂戴することになるのだが、しかし何故か親父は特に叱ろうともせずに「お前は俺の息子だなぁ」と言って苦笑を浮かべていたのだけはよく憶えている。
 その時はまだ随分と小さかったことと、目の前の母の怒りに竦んでいたのとで、親父の言葉の意味がよく分らなかったのだが、随分と後になってから聞いた話では、どうやら父も、そして驚くべきことに祖父まで、小さい頃に似たようなことをやらかしていたらしい。
 なるほど確かにこれは遺伝である。



 9月13日


「んーっ」
 目の前にあるデスクとその上にある仕事の書類から椅子と心をわずかに離して体をグッと伸ばすと、疲れ凝り固まった体とおんぼろの椅子が、ギシリと音を立てて軋みをあげた。
「取り敢えずはひと段落、っと」
 そうひとりごちて、ほっと小さく息をついて、腕にはめた時計で時刻を確かめる。
 PM10:33
 一瞬目を疑い、次に電池切れで時計の針が止まっていることを疑うが、時計の針は、われ関せずとばかりにただ淡々と1秒刻みで課せられた己の仕事を全うし続けている。
 慌てて職場内にある壁掛け時計の方も確認するも、示されている時間に変わりはなく、それと同時に職場内に残っている人間がすでに自分しか残っていない事実に気付かされたて驚いた。
 これまでも仕事で遅くなることはあったが、ここまで見事に置いけぼりを喰らったのは初めてである。
「特に急ぎの仕事でもないんだし、誰か一言くらい声掛けてくれても良いよなー」
 取り合えず明日は、親しい連中に軽く恨み言の一つでも言ってやろうと心に決めつつ、急ぎ帰り支度を始める。
 上着を羽織り、念のために窓の戸締りを確認した後に、照明を落として職場を後にする。
 表に出ると夏の強烈な残り香のである、むっとした空気が押し寄せてきてげんなりとする。
 9月も半ばだというのに残暑が和らぐような気配はとんと感じることが出来ない。
 車を停めてある会社裏の駐車場まで歩く間に、空を見上げる。
 小さな頃から変わることのない癖だが、実の所これは空を見たいわけではない。
 空の上には煌々とした満月。
 月を見ているのかというと、当らずといえども遠からず。
 駐車場にたどり着き、ぽつんと一台、指定のスペースに停めてある愛車に向かう。
 赤いミニ・クーパー。それも今時のBMWではなく恐ろしく古いモーリス・ミニ。
 ちなみに1964年製。昭和で言うなら39年。自分が生まれる20年以上前の車。
 親父から受け継いだものである。
 ちなみにその親父も、この車を爺さんから譲られたらしい。
 つまり自分は3代目ということになるから、なんとも気の長い話である。
 エアバッグはもちろんカーステレオすらついていない。エアコンなんて持っての外で、夏場に乗っていると普通に死ねるという代物で、もはや立派な走る骨董品兼拷問道具である。
 しかし世の中には物好きなヤツがいるもので、旧車マニアと言うのか、ごく稀にこの車を、結構な値段で売ってくれないか、という申し込みがあったりするのだから世の中というヤツは分らない。
 そんな素敵な車のドアを開け、脇に抱えていたカバンを助手席に放り込みつつ、車内に体を滑り込ませる。
 狭い車内は、熱気がこもりとても過ごしやすい環境ではない。
 今時どころか一昔前の車に比べてさえ、お世辞にも便利な車とは言いがたいく、時々売り飛ばして買い換えてやろうかと思うのだが、祖父、親父と譲り受けた車であるため、売るのは忍びなく今のところ大事に乗り続けている。
 それにきちんと手入れさえしてやれば、未だによく走るし、懐古趣味的なところがある自分の性分にもあっている。
 少しでも車内を涼しくしようとキコキコッとレギュレーターハンドルを回して窓を開けてやる。
 エンジンをかけてギアをローへ。
 僕の操作を受けて、ゆっくりと骨董品は走り出し、距離メーターが回りだす。
 これまでの40年以上の月日の間、距離を刻み続けたメーターはすでに3回転して、今現在4回転目に突入しその8割をすでに終えている。
 5回転目に突入するのは時間の問題だろう。
 カーステレオがないため、父が苦肉の策として後部座席に持ち込んだラジカセから音楽が流れてくる。
 流れてくる曲名は『Mr. Moonlight』。
 ビートルズによるカヴァーでこの車と同じ1964年製。もちろんこれは狙ってやってのことだ。



 1964年といえば高度経済成長期真っ只中。
 東海道新幹線が開通して、東京オリンピックが行われ、人類が月に辿り着くまで後一歩といったそんな時代。
 まだまだ、自家用車なんてろくに普及しておらず、せいぜいが所商売用のトラックかオート3輪が主流のころに爺さんはこの車を相当に無理して買ったらしい。
 当時ばあさんは随分とバカな買い物だと嘆いたらしいが、僕には爺さんが無理をした理由が何となく分る気がする。
 たぶん行ってみたかったのだろ、ただ『遠く』へと。あの幼い日の自分と同じように。
 別段現状に不満があるわけではない、何かから逃げ出したいわけでもない。自分でも説明できない心の奥にある『遠く』へ行ってみたいという衝動。
 そう言うものに突き動かされて買ったのだろう。
 もっとも、爺さん本人はその無理を埋めるために必死で働かなくてはならなくなり、結局定年までコイツでどこか遠くへ行くということ

は出来ずじまいという、なんとも本末転倒な結果になってしまったそうだ。
 もっともそれは自業自得であるし、今では身軽になったのをいい事に、あっちこっちを旅して回っているので同情するには及ばなかったりする。
 そして時代は流れ車は親父に受け継がれ、そして今は孫の僕がハンドルを握っている。



 車は快調に走り続けて市街地を抜けてゆき、途中でコンビニに寄り、暫くの後に峠道へと差し掛かった。
 週末ともなれば、この辺りは新型のスポーツ車――この車に比べれば大抵は新型である――に乗った連中がコーナーを攻めに来たり、それらの見物客がわんさと押し寄せてたりで、結構な賑わいになったりすることがあるのだが、本日は平日であるために、その姿を見かけることはなく、辺りは静まり返ってミニのエンジン音とラジカセから流れる音楽だけがあたりに響く。
 山の中に入った所為だろう、流石にこの辺りから秋らしい涼やかな風が開いた窓から入り込んでくる。
 ギアをトップからサードへと落とす。
 ミニはエンジンの回転数を上げて坂道を登ってゆく。